もしも願いがかなうなら… 4
八四年二月の給料明細には残業が百時間以上と書かれています。
でも、実際には百時間どころか、給料で支払いきれないぶんは、私が内職をしたというかたちで、私の名義の銀行口座に毎月八万円前後がふり込まれていたのです。
実際の残業時間は百五十時間を軽くこえていたはずです。
春になると、仕事に新入社員の指導が加わり、夫の負担はますます増えました。
夫はひどく疲労を訴えるようになりました。
眠る前に足をマッサージしたり、腰痛体操をさせても疲労はたまるばかりました。
八月には七夕のたんざくに、「おとうさんが早く家に帰ってきますように。
残業がなくなりますように」と書いて飾りました。
家族の願いはただそのこと一つでした。
八月末には、夫は会社から皆勤賞をもらってきました。
「サンコー魂」という言葉があります。
トップから「サンコー魂でやり抜け」と激を飛ばされ、田畑を耕す牛馬のように働かされるのです。
私はよく会社の人に、「会社のために働いて死んだって、残された者の面倒なんてみてくれないのだから、ほどほどに」と冗談を言っていました。
残業百時間以上って、今ではもう法律ギリギリですよね。