鍛治町今昔
□脇野の鋸・与板の墾・鉋(新潟県)□
三条を中心として信濃川流域にはそれぞれ特徴をもつ鍛冶の町が多いが、脇野の鋸や与板の盤・鉋もその例である。
脇野の鋸は福島県の会津から「油焼き」の技術が伝来してさかんになったといわれている。
新潟県は雪の深いところであるから、冬は出稼ぎか室内での稼ぎしか成り立たない。
織物がさかんなのもそのためであるが、これらの鍛冶製品も冬場の農閑稼ぎをもとにして今日のように発展してきた。
□高田の貸鍬鍛冶(新潟県)□
港町の直江津と合併して上越市をつくっている高田も鍛冶の多い町であった。
そして、高田の鍛冶の特徴は自分のところで打ち上げた鍬を村々の農家に貸し付けていた点である。
盛時には三千丁も貸していたという。
これを貸鍬というが、貸した鍬を晩秋に回収して代金を米でもらう。
集めた古鍬は冬の間に修理をして、また翌春に貸し出すのであった。
越後の農家は自分の鍬を持っていなかったのである。
その技術を利用した質のいいロートアイアンを作る店も多い。