もしも願いがかなうなら… 7
夫の死後、会社から「本来なら支払われないが、飯島君にはとくによくやってもらったから」と、例のごとく私の名義の口座へ十万円がふり込まれました。
なにもわかっていない。
なにも変わっていない。
夫の命と私たちの人生をまる飲みにして、会社は平然と動きつづけています。
こんなことがあっていいのでしょうか。
あれほど法外な労働を強制したのに。
長野県に「過労死一一〇番」ができ、私はその第一号として労災申請をすることができました。
自殺であること、時間がたっていること、会社からは敵視され、組合も協力的でないなど、さまざまな困難を抱えながらも、周囲の方たちから「当時のことを風化させてはいけない」と励まされ、労災認定へむけての活動をしています。
五万人目標の署名活動も始まりました。
夫の死後、看護婦の資格をとり、いま、私は個人医院に勤務しております。
仕事をし、ふたりの子どもを育て、各地を回って署名をお願いしたりと、体がいくつあっても足りないようなめまぐるしい生活です。
過労死問題は、女性のたたかいでもあると思います。
会社に捕らわれの身になっている夫を家庭にとり戻し、夕食には家族全員の顔がそろうように。
また、母として、次代をになう子どもたちを安心して送り出せる労働環境を作り上げるために。
そのために、決して負けることのできないたたかいであると信じています。
ある意味で、過労死を巡る争いというのは残された家族するべき闘いでもあるように思いますね。