もしも願いがかなうなら… 3
毎朝、夫は八時十五分の出勤にまにあうように、七時五十分には家を出ます。
帰りは深夜十二時から二時になるのが当たり前でした。
休日もほとんど出勤。
新工場の立ち上がりの特別な時期だからしかたないだろう、そのうちに落ち着くだろうと私も思っていました。
しかし、二、三ヵ月がすぎ、黒字が出るようになっても、働き方はぜんぜん変わりません。
秋になると、夫はさすがに、「もうこんな残業から逃れたい」とグチをこぼすようになりました。
でもますます仕事はきつくなり、朝六時からの早出をし、帰りは翌朝の午前五時、六時。
三~四時間仮眠をとってまた出勤ということが、週三回もありました。
休日出勤の日も朝六時から出ていました。
私はこんな働き方にあきれはてて、どうして会社の人はだれも文句を言わないのだろうと不思議でたまりませんでした。
五時間の残業は当たり前で、三時間しか残業できない人は小さくなって、こっそり帰るのだそうです。
工場の体制は、八四年から二交代制になりましたが、ノルマのために、結局、夫は早番の仕事も遅番の仕事もぶっ続けでするようになってしまいました。
かつての工場の働き方って、結構過酷だったのですね。